第48号(02年12月29日号)
第47号(02年12月23日号)
第46号(02年12月15日号)
第45号(02年12月7日号)
第44号(02年12月1日号)
第43号(02年11月24日号)
第42号(02年11月17日号)
第41号(02年11月10日号)
第40号(02年11月4日号)
号外7号(02年10月30日号)
第39号(02年10月27日号)
第38号(02年10月20日号)
第37号(02年10月12日号)
第36号(02年10月6日号)
第35号(02年9月29日号)

第34号(02年9月22日号)

第33号(02年9月15日号)

第32号(02年9月8日号)
第31号(02年9月1日号)
第30号(02年8月25日号)
号外6号(8月25日号)
号外5号(8月24日号)
号外4号(8月23日号)
号外3号(8月23日号)
号外2号(8月11日号)
号外1号(8月11日号)

第29号(02年8月11日号)
第28号(02年8月11日号)

第27号(02年8月4日号)
第26号(02年7月28日号)
第25号(02年7月21日号)
第24号(02年6月22日号)
第23号(02年6月22日号)
第22号(02年6月22日号)
第21号(02年6月22日号)
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           週刊・南遊新聞
      ★2002年8月25日(日) 第30号★
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                Xin Chao!!
                シン・チャーオ!!

 皆さま
 おはようございます。
 こんちにわ。
 こんばんわ。
 南遊新聞です。

 1週間 Study Tour号外にお付き合いいただき
 ありがとうございました。
 最後は涙、涙のようでした。
 良い出会い、良き気づき、良い学びがきっとあったと思います。
 それをこれからどういかしていくか
 あらためて考えさせられました。

 現地の様子
 現地の感動を少しでもお伝えしたい
 そういった思いでお送りさせていただきました。
 いかがだったでしょうか。
 今後とも応援をよろしくお願いいたします。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

 さて、石丸さんからのコラムは今回のStudy Tourに向けての
 準備への思いが届いています。
 こんな舞台裏もあったのです。

 dragon コラム第31稿「作文」

 この稿が掲載される予定日は、8月25日。
 丁度その日今年のツアー参加者は日本に帰国します。
 ツアーはいかがでしたか?

 ベトナム学生参加者選抜のために、
 作文提出をホンバン大学にお願いしました。
 このツアーはベトナム学生に人気が高く、
 人数を絞らねばなりません。
 選抜を大学側にお任せすると、大学側にとっても
 辛いことがおきかねません。

 昨年は選抜の一切を大学にお任せしていました。
 活動開始直前にメンバーの入れ替えの要求がありました。
 理由は、はっきりしませんが、どうも圧力を受けた様子なのです。
 学校に関係ある富裕層、或いは権力者の子弟が入り込んだ感じでした。
 ベトナム学生に公平に参加のチャンスを与える、
 情実を排除するためには、「南遊の会」が選んだのだ
 という形を準備する必要があると考えました。
 その選考のために作文を提出してもらうことにしたのです。

 提示した題は、「日本人に見てもらいたいホーチミン市」です。
 活動プログラムの中にベトナム学生が、
 日本人がペアで市内を行動する一日あります。
 それを念頭においた出題でした。

 15編の作文が集まりました。
 日本語の微妙な言い回しはまだまだですが、それでもホーチミン市、
 否ベトナムに誇りを持ち、是非ここを見てください、
 案内しますよと歓迎してくれる心が伝わってきます。

 一遍をご紹介します。
 (括弧部分は筆者が注記しました、他は原文を忠実に書き写しました)

「みなさんはじめまして」
Trang Hoang Son (4年生 男子学生)  

みなさんはベトナムへ来る時みなさんもベトナム人の風俗習慣とか  
歴史(史の文字が吏となっている)の伝統について少い分かるでしょうか。  
今私はホーチミン市の有名な数地名を紹介されていただきます。  

ホーチミン市はベトナムの一番大きい町です。  
町は12区になる分けられました。1区から12区までです。  
ここではとてもきれいで観光がたくさんあります。  
ホーチミン市はとてもにぎやかな町です。  
そしてベトナムの第一の商業センターです。  
ここにはBACHO(Bac Ho:ホーおじさん、ホーチミン主席)名前を持つ  
町を呼まれていました。  
そてでここでは国民の偉い伝統があります。  

ホーチミン市の人口がおおぜいです。  
ですから人口の2/3%上以(以上)がバイクを使います。  
ホーチミン市は市場がたくさんある所です。  
その中でビェンタン市場をはじめ言わなければなりません。  
ビェンタン市場は一番町の有名な市場です。  
これは昔からありました。  
これは市民(民の文字に誤りあり)をめぐって文化部分です。  
もっとも世界上にいろいろな品物を売っている所です。  
ここからみなさんが1000メートルぐらい北の向こうへ行ったら  
“Ben Cang Nha rong”  
(1911年若きホー・チ・ミンがフランスへ旅立った港、  
現在はホー・チ・ミン記念館がある)を見ます。  
ここでも町の有名な地名です。  
“Ben Cang Nha rong”まで話時(話す時?)  
市民(民の文字に誤りあり)だけではなく、  
ベトナム人だと誰でもよく分かります。  
なぜならここはベトナム史(史の文字に吏を使っている)をめぐって所です。  
ここでもBac Hoは国を助けるに道を捜して出て行きました。  
Bac Hoは何年も外国で苦労生活過ぎました。  
最後Bac Hoはまた国に平和を持ってくれました。  

 これを書いてくれたSon君もきっとお疲れでしょう。
 否、活動の感想文を書いているかもしれません。
 これも宿題です。
 日を改めて活動感想文もご紹介しましょう。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
 どんな感想文が届くのでしょうか。
 楽しみですね。
 また、お送りいたします。
 では、また、来週。
  (編集・森田達也 モリタツ)  
☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ
○「週刊・南遊新聞」
  おたよりは nan-you@k7.dion.ne.jpまで。
  なお「Xin Chao」はベトナム語であいさつの言葉。
  「おはよう」も「こんにちわ」も「こんばんわ」も
  全て「Xin Chao!!」なんです。
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